2019年6月14日(金)訪城。
宮城谷昌光さんの本で家康(元康)初陣に興味を持ち、その5城(寺部城、挙母城、伊保城、広瀬城、梅坪城)を訪ねることに。
寺部城に続き二つ目の城は、『挙母城』。
2019年6月1日にリニューアルオープンした、豊田市美術館に隣接しています。
しかし、解せないことがあるのです。
どこをどう探しても、この『挙母城』、家康初陣の時代から、はるか後に築城しているのです。
疑問点
家康初陣の『挙母城』はここではない?
別名『七州城』。
七州というのは、三河・尾張・美濃・信濃・遠江・伊勢・近江の7つの国が見える高台にあったことから、そう呼ばれていたそうです。
しかし、この『挙母城』築城の年が、天明元年(1782年)となっているのです。
家康初陣は、1560年頃なので、明らかに時代が違います。
家康初陣の城の中に、挙母城も入ってたと思ったけど、そもそも私の勘違いか?
気になって仕方なかったので、調べました。
挙母城と衣城(金谷城)
やはり、家康は初陣で『挙母城』も攻めていることが、様々な書物やネットでも書かれています。
今ある『挙母城』は築城1782年(天明元年)で間違いないとすると、それ以外にもう一つの挙母城があったかということが鍵になってきます。
Wikipediaで挙母城と検索すると、概要に『金谷城』という城名があり、更に調べると、その『金谷城』が、挙母城の前身となるお城だということが記されていました。
更に言えば、金谷城は『衣城』とも呼ばれていたため、私が本当に行きたかった家康初陣の城は、この衣城(金谷城)ということになります。
ただし、今の挙母城とは少し離れた場所にあったようです。
混乱してきたので時代順に大まかにまとめると、
- 金谷城 1308年 中條景長が築城(家康初陣の時の城。別名衣城。)
- 佐久良城 1604年 三宅康貞が築城(金谷城老朽化の為建て直し。桜城とも言う。)
- 挙母城 1782年 内藤学文が築城(佐久良城洪水の為引っ越し。現在の挙母城跡。)
場所も名前も築城者も異なるのに、意味合いとして同じ城として扱われるんですね。
さて、この挙母城、家康初陣の城跡ではないことが分かりました。
しかし、せっかく行ったのだから、記念にまとめることにしました。
見学記録
挙母城
豊田市美術館から挙母城へ。
城跡へは、3~4箇所入り口がありそうです。
階段を登った先には、『隅櫓跡』。
隅櫓跡
昭和53年に復元された『隅櫓』
中には入れないようだったので、まわりをぐるっと歩いてみました。
塀の屋根の紋。
誰が使っていたのだろう。
公園中から見るよりも、道路側からの方が一段と映えますね。
又日亭
公園内には、『又日亭』という建物もあります。
隅櫓跡から更に階段を上がり、進んだ先にあります。
元は寺部城にあった又日亭(茶席)。
現在は、ここに移築されています。
豊田市美術館(隣接)
水面に浮かんでいるような、『豊田市美術館』。
道一本挟んで、挙母城址があります。
挙母神社御旅所と句碑
隅櫓跡から駐車場へ行く道中に、建っていました。
蓮池跡(駐車場)
豊田市美術館&挙母城址の駐車場は、かつて池だったようです。
今は、池のあった風情は感じられませんが、この場所は少し低くなっています。
駐車場のご案内
少し薄くなって見づらいですが、利用時間は、午前8寺30分から午後6時までだそうです。
『歴史の香る散策コース』というルートがあるようです。
駐車場から挙母城隅櫓跡は、こんなにも近くです。
電気自動車充電スタンド
電気自動車に乗られている方は、嬉しい充電スタンド完備。
さ、本当に行きたかったもう一つの『衣城(金谷城)』の計画立てなくっちゃ♪
地形図
+プラスのカーソル位置が、おおよその所在地です。
お城情報
名称
挙母城
別名
七州城
城地種類
平山城
築城年代
天明元年(1782年)
築城者
内藤学文
主な城主
内藤氏
遺構
石垣、隅櫓復興(1978年(昭和53年))、又日亭(明治まで寺部城の城内にあった書院・茶席)
所在地
〒471-0034 愛知県豊田市小坂本町8-22
電話
0565-32-6561(豊田市文化財課)
0565-34-6642(豊田市観光協会)
開城時間・休城日・入城料
該当なし
アクセス・駐車場
【駐車場】無料・豊田市美術館駐車場 普通車(207台)大型バス(7台)
【電車】名鉄「豊田市駅」より徒歩約15分
【電車】愛知環状鉄道「新豊田駅」より徒歩約15分
※私たちが見学した時の情報です。
最新情報と異なる可能性がありますので、公式情報等をご確認ください。