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城・史跡をあるく 愛知県の城・史跡

九之坪城 愛知県の城

2019年3月8日

見学記録

九之坪城

信長に仕えた男、梁田政綱の城、九之坪城。
健康ドームとは、道を一本隔てた近距離に、九之坪城(くのつぼじょう)の石碑はあります。
遺構は残っておらず、この石碑と案内看板があるのみです。

九之坪城

北名古屋市高齢者活動センター「ふれあいの家」敷地内。

九之坪城

桶狭間の戦い 影の功労者

九之坪城

九之坪城

『九之坪城由来』

室町時代から戦国の時代に移りつつあった頃、尾張の国の守護、斯波(しば)氏の家臣であった梁田政綱(やなだ まさつな)は、主家衰退後織田信長に仕え、戦功により九之坪城を与えられ、この地を領有することになった。

有名な桶狭間の戦いには敵の今川義元の動静を探り、この戦いの勝利に大きな貢献をした。

その後、柴田勝家、木下藤吉郎(のちの豊臣秀吉)等とともに各地に転戦して数々の功績を残した。その拠点となった九之坪城は、これ以前、当地の地侍の有力者が「此壺城(このつぼじょう)」と称し、この地に構えたとされる館を、増改築したものと伝えられている。廃城の時期、経緯については明らかではない。」
北名古屋市

城主 梁田政綱(やなだまさつな)

桶狭間の戦いでの功績を称えられ、沓掛城(くつかけじょう)の城主にもなっています。
その後、米田城(別名:やなだが城)にも城代を置いて治めたようです。
加賀一向一揆を鎮圧後には天神山城の城主にもなってますが、ふたたび発生した一揆を討伐できず隠居の道へ。

桶狭間の戦いで、今川義元に一番槍をつけた服部小平太や、首をとった毛利新介よりも、先に信長に評価されたとか?
この梁田政綱という名は、書物にもあまり残されていないらしく、謎の多い人みたいですね。
ミステリアスな人って、どんどん追いかけたくなるわ。

お城情報

名称

九之坪城(くのつぼじょう)
もともとあった此壷城(このつぼじょう)を増改築

城地種類

平城

築城者

簗田 政綱(やなだ まさつな)

主な城主

簗田氏

所在地

〒481-0041 愛知県北名古屋市九之坪南城屋敷22−3

開城時間・休城日・入城料

該当なし(石碑のみのため)

アクセス・駐車場

北名古屋市健康ドーム(北名古屋市保健センター)西隣
北名古屋市役所「高齢者活動センターふれあいの家」敷地内
名鉄犬山線「西春駅」から徒歩約15分

※私たちが見学した時の情報です。
最新情報と異なる可能性がありますので、公式情報等をご確認ください。

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