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大高道|桶狭間合戦で松平元康(のちの徳川家康)が兵糧入れしたルートを歩いてみた|愛知県豊明市

織田信長と今川義元の戦いと言えば、桶狭間おけはざま 合戦です。
その戦の最中、今川側にいた19歳の松平元康もとやす (のちの徳川家康)が、味方の居る大高城兵糧ひょうろう(食糧)を運び入れる際に通ったとされる、大高道おおだかみちを歩いてみました。
当時の面影はありませんが、ルートとしては7割程残っているということですから、時空を超え元康と共に兵糧入れルートを歩くことができます。
ただのデリバリーではありません。
丸根とりでや鷲津砦には、敵方の織田軍がわんさか居ます。
見つからず無事兵糧入れを敢行できるか!妄想力も鍛えられそうです。

目次

大高道マップ

まずは、桶狭間神明社の南側にある案内板をチェック。

大高道(桶狭間合戦時、元康が兵糧入れした際使ったとされる道)

明治に一村一社令というのがあったんですね。
さて、大高道図の◎現在地からスタートし、ゴールの大高城跡を目指しましょう。

桶狭間神明社の西側出入口から北西に伸びる大高道

道路の赤いラインは、今回私が歩いた大高道を表しています。

ここで、公に出ている定説ルートではない道を選択!なぜ?

文久山という地域で、定説ではないルートを選びました。
その理由が、古地図にあります。
時系列地形図閲覧サイト【今昔マップ on the web】で確認してみました。
掲載されている中で一番古い時代の1888~1898年マップを観ると、確かに定説ルートではない左側の道しか確認できません
私が愛用している【古地図散歩】アプリで1900年頃を確認しても、左側の道しか見当たりませんでした。
なので、今回は定説ではない左側道ルートを選択。
しかし、ここで一つ疑問が。

かつて地図にはない道を、あえて定説ルートとしたのはなぜ?

1888~1898年マップに記載される前は、実は道があったのか?
謎は深まるばかりです。

実際にはまっすぐ道なりに進んでいきたいところですが、国道302号線の影響で迂回しなければなりません。

このように壁があっては進めません。
国道302号線の【殿山】という信号の横断歩道を渡ります。

【殿山】を過ぎ、保育園や緑ヶ丘自動車学校の脇を通ります。

近代的な道路や建物に囲まれながら歩いていると、荒々しく土がむき出しになった場所が嬉しく感じるおもしろさ。

通りを横断すると、少し登りです。

道を挟んだ両側の家の高さを比べると、高低差から山の斜面を通っていることが分かります。

この道も、東にいかにも街道っぽい道があるのですが、古地図で確認すると、こちらに軍配が上がりました。

急に開けた場所に出たと思ったら、大高緑地の恐竜広場の辺りでした。
大高緑地公園はとても広く、自然も豊かな場所です。

おっと!前方(北方向)に丸根砦が見えます。
この距離では、さすがに兵糧入れは見つかってしまうか…?!
元康兵糧入れルートの最後は、大高道を離れ脇道を使って大高城へ入ったのでは?という見解もあるようです。

そして、こちらの交差点の名前が【砦前】。まさに!
本来の大高道は北上し線路をまたぐラインのようですが、消滅区間で通り道がないようなので迂回ルートをとります。

【砦前】交差点を100m程南下すると、新幹線が通る高架下があるので、そこをくぐります。

大きなマンションが立ち並ぶ景観。
本当にこんな都会的なところに大高城はあるのか?と疑いたくなるくらいです。

マンションの隙間から、丸根砦が見えました。

津島社・天満社の前を北へ進むと、先方にこんもり小高くなっているところが見えます。
大高川が流れているようです。
大高城近くでは、大高川の外側を大高道が通っていたという指摘もあるようですが、真相はどうなのでしょうか。

そして、この辺りから消滅していた大高道が復活です。
津島社・天満社を左手に西に向かいます。

曲がっている道は、街道の雰囲気出ていて良いですね。

ここからの大高城の景観は、一見の価値あり!

大高善光寺と、海岸寺、地図で確認するとお寺さんが二つあるようです。
その向こうに見えるのが、大高城跡です。
史跡巡りをされている団体さんでしょうか。
人の姿も肉眼で確認できる距離です。

大高は宿場町ではないですが、とても賑わっていた場所だったようです。
こちらは曲尺手かねんて でしょうか。
宿場町ではなくても、わざわざ道を曲げて用心していたのかもしれません。

大高城へ無事到着!
二の丸辺りは、メルヘンでのどかな雰囲気すらします。

大高城跡は土橋や空堀など、こじんまりしていながらも見応え十分。
手作業でつくった空堀、今でも5m位はありそうですが、当時はもっと傾斜もあり深さもあったことでしょう。

アップダウンのある立地を、馬を使って兵糧を運び入れたのか?
兵糧はどこから運んで来たのか?
気になることが次から次へと出てきます。

元康が通ったとされる大高道、一見地味でマニアック?
いえいえ、っ最高でした!
次回は、大高道全行程(約10km)に挑戦しよう♪

地図

大高道図のある場所

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大高道(桶狭間合戦時、元康が兵糧入れした際使ったとされる道)

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この記事を書いた人

歴史初心者だからこそ気になるポイント、初めて出会う感動、少しずつ理解が深まる喜びなんかを、私目線で気ままにつぶやいてます♪

三河生まれ尾張在住
好きなことばは『三河武士』
ディライト・グッズ副店長 & Web屋助手

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